青森地方裁判所 平成元年(ワ)340号 判決
原告
甲野太郎(仮名)(X)
右法定代理人親権者父
甲野一郎(仮名)
同親権者母
甲野花子(仮名)
右訴訟代理人弁護士
舘田晟
被告
青森市(Y1)
右代表者市長
佐々木誠造
被告
湊武彦(Y2)
同
野坂忠平(Y3)
右三名訴訟代理人弁護士
石田恒久
事実及び理由
第四 争点に対する判断
一 市立学校における生徒の事故と被告青森市の責任
原因(国家賠償責任)
国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」には、公立学校における教師の教育活動も含まれるものと解するのが相当である。
そして、学校の教師は、学校における教育活動により生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき義務を負っており、教育活動の一環として生徒をして危険を伴う作業に従事させる場合には、事故の発生を防止するために十分な措置を講じるべき注意義務がある。
本件事故は、前記認定のとおり、被告青森市の設置する市立浦町小学校において、同小学校の教師が、教育活動の一環として、全校スポーツテストの準備のためのライン引き作業に五年生の生徒を従事させる課程で発生したものであるから、公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて発生した事故ということができる。
1(1)被告野坂の過失の有無
被告野坂は、本件事故当時、浦町小学校の体育委員会の委員長を務め、本件スポーツテストの企画・実施の担当責任者であった。
被告野坂が原告ら三名の生徒に指示した作業は、校庭に石灰によるラインを引くためのライン引き器具と巻尺を体育館の横の物置小屋から出してその付近で待機していることであった。その指示した作業には、ライン引き器具の中の石灰が不足している場合には、ポリバケツの中の石灰をシャベルを使ってライン引き器具に入れ、直ちにライン引き作業を開始できる状態にしておくことも含まれると解される。
次に、ポリバケツの中の石灰が不足しているときに、石灰袋からポリバケツに石灰を移し替える作業は、石灰袋が重いことから、通常、教師自身が行うものであるので、これを教師の立会いなしで生徒だけで行うことは、被告野坂が原告ら三名の生徒に指示した作業には含まれていなかったものと解される。
しかし、原告ら三名の生徒は、ライン引き器具及びポリバケツの両方に石灰が入っていない場合の措置については、被告野坂から何らの指示を受けていなかったものの、ライン引き作業をするためには、ライン引き器具の中に石灰が入っていることが必要であることから、石灰袋を破ってポリバケツに石灰を移し替えた上、シャベルでポリバケツの中の石灰をライン引き器具に入れようと考えた。被告野坂は、几帳面な性格で日頃の生徒に対する教育指導には厳しさがあったことからすると、原告ら生徒が、指示された作業をきちんと行おうとして右のように考えたことも無理からぬことである。
ところで、石灰が眼に入ると危険な薬物であることは周知の事実であり、浦町小学校でも、風があるときに石灰を扱うときは風上風下を考えることや風が強いときはライン引き作業は行わない取扱いであった。このように石灰によるライン引き作業は、危険を伴う作業であるから、被告野坂は、原告ら生徒をライン引き作業に従事させる場合には、これによる事故の発生を防止するために十分な措置を講じるべき注意義務があった。
そして、浦町小学校では、運動会、課外クラブ活動、体育の授業等において随時ライン引き作業は行われており、これによって石灰が使用されると、ライン引き器具及びポリバケツの両方に石灰が入っていない事態の生ずることは通常ありえたことであるから、被告野坂が原告ら生徒に危険を伴う本件ライン引き作業の手伝いを依頼するにあたり、細心の注意を払えば右のような事態を予見することは可能であったというべきであり。殊に、本件においては、原告は、満一〇歳の小学五年生であり、薬物としての石灰の危険性に対する認識が十分でなく、また、ライン引き作業を手伝うのは初めての経験であったのであるから、被告野坂は、教師の立会いなしで原告ら生徒を薬物である石灰の存在する物置小屋に入室させるにあたっては、危険に接近する生徒を保護するという観点からの配慮が必要であって、石灰の取扱上の注意や薬物としての危険性について説明し、かつ、ライン引き器具及びポリバケツの両方に石灰が入っていない場合についての措置を原告ら生徒に説明・指示して、事故の発生を未然に防止するために十分な措置を講じ、ライン引き作業から生ずるおそれのある危険から生徒を保護すべき注意義務があったのに、それをしなかった点において、被告野坂には過失(注意義務違反)があったといわなければならない。
(2) 被告湊の過失の有無
学校管理者である校長には、個々の教師に指導・助言を与えるなどの方法によって安全のための体制を整え、生徒の生命、身体の安全をはかる義務があるところ、被告湊は、本件事故当時、浦町小学校の校長として、青森市内の校長会議や県教育委員会の指導を受けて、職員会議や学年会議において、各教諭に対し、学校事故の防止のための要項の作成を指示するなどして事故防止策を徹底し、生徒に対する指導監督を適切に行うよう助言・指導を行っていた。被告湊は、日頃から、生徒の命を預かっているという観点から、生徒が事故に遭わないように訓練を実施したり、教科の内外において各担任教師に生徒に対する指導を怠らないよう助言していた。本件スポーツテストは、体育委員会の委員長を務めていた被告野坂が責任者であり、その実施にあたっては、事前に企画・日程の要項が校長と職員全員に配付された。運動会やスポーツテストの準備作業に生徒を手伝わせる場合は、教師が必ず立ち会うように指示をし、危険な作業は教師自らが行い、生徒には手伝わせないように配慮していた。そして、過去に浦町小学校において本件事故と同種の事故は発生したことがなかった(被告野坂、同湊の各供述)。
以上の次第であり、校長の安全義務は、教師を介して安全のための体制を整える義務が中心であり、生徒に対する直接の安全指導はある程度教師に任せざるを得ない面があることを考慮すると、被告湊は、浦町小学校の校長として、生徒の安全のための体制を整え、生徒の生命、身体の安全をはかる義務を尽くしていたというべきであるから、被告湊には、本件事故の発生について過失(注意義務違反)があったということはできない。
(3) そうすると、本件事故は、被告青森市の設置する市立浦町小学校において、同小学校の教師である被告野坂が、教育活動の一環として、全校スポーツテストの準備のためのライン引き作業に五年生の原告を従事させるにあたり、指導上の過失により生じさせたものであるから、公共団体の公権力の行使に当たる公務員が、その職務を行うについて過失によって発生した事故ということができる。
したがって、被告青森市は、国家賠償法一条に基づき、被告野坂の右過失によって原告に生じた損害を賠償する責任がある。
2 被告野坂及び被告湊の個人責任の有無
公権力の行使に当たる公共団体の公務員がその職務を行うについて故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、公共団体がその被害者に対して賠償の責に任じ、公務員個人は、その責任を負わない。
したがって、被告野坂及び被告湊には、本件事故の発生により原告に生じた損害について個人責任はない。
なお、被告湊には、本件事故の発生について職務上の過失はないから、この点からも責任はない。
二 被告野坂及び被告湊の事後措置義務違反の有無(共同不法行為と使用者責任の成否)
原告は、「被告野坂及び被告湊は、原告の担任教師及び学校長として、本件事故後、児童(原告)の保護者に対して事態に即して速やかに事故の状況等を通知報告し、保護者側からの対応措置を要請すべき事後措置義務に違反した共同不法行為により原告に対し精神的苦痛を与えた。」と主張する。
確かに、本件事故発生後の被告野坂の事故状況の把握、上司への報告と原告の保護者への連絡には必ずしも十分でなかった点があったことは否めないが、原告は、事故発生直後に養護教諭の応急処置を受け、帰宅後も直ちに家族に伴われて眼科医で治療を受けているので保護者側の対応措置は講じられており、被告(学校)側の対応の十分でなかったことが原告の損害を拡大させたことはなかった。また、被告野坂は、本件事故の発生を知った直後に原告宅に電話をして原告の母親に謝罪しており、被告湊も、原告の両親から学校側の対応に誠意がみられないと抗議を受けた後、浦町小学校の校長として、直ちに原告宅を訪ねて謝罪をし、本件事故の内容や原告の眼の症状の調査をするなどして、原告側に対して真摯に誠意をもって対応した。
したがって、本件事故発生後の被告野坂及び被告湊の事後措置(原告側に対する対応)が原告に対して独立の不法行為を構成するとは到底いえず、これについて被告青森市が使用者責任を負うことはない。
三 原告の損害額
1 治療費及び文書代 合計金二万二三五〇円
(1) 木戸眼科医院 金七三三〇円(甲一二、一三)
木戸眼科医院に通院した治療費金二万〇五七〇円は、日本学校健康会より給付金として原告側に支払われているので、控除した(乙一の一ないし八、八、九の一ないし四、証人木戸愛子、原告法定代理人工藤みつ子、被告湊武彦)。
(2) 秋谷病院 金七七四〇円(甲一四)
(3) 青森市民病院 金二一四〇円(甲一五、一六)
(4) 須田眼科医院 金五一四〇円(甲一七)
(2)ないし(4)については、(1)の治療後の眼の症状及び視力の把握のため必要なものと認めた。
2 逸失利益 〇円
原告は、昭和六三年二月一九日、木戸愛子医師の診断を受けた結果、右眼の薬物性結膜炎疾患は治癒し、視力は左右とも一・二に回復し、角膜混濁はなく、後遺症もない。原告は、現在高校生であるが、眼鏡はかけておらず、視力障害もなく、日常の生活や運動をする上での支障はない(証人木戸愛子、原告本人)。
原告の両親は、木戸眼科医院で受診後、原告を他の眼科医に診察してもらい、昭和六三年二月二四日、秋谷病院の秋谷信雄医師に「両表在性びまん性角膜炎、両調節痙攣の疑」との傷病名で「両眼角膜混濁は軽快、視力両〇・九、矯正一・〇、加療により視力は一・二まで改善可能」との診断を受け、同年四月四日には青森市民病院眼科の対馬敬子医師に「混合性乱視」の病名で「視力右一・〇、左一・〇」の診断を受け、更に、平成元年九月一八日、須田眼科医院の須田栄二医師に「遠視」の病名で「視力左〇・六、右〇・七、矯正して左・右とも〇・九」との診断を受けたが、秋谷医師の診断は、木戸医師の診断を誤りとするほどのものではなく、また、対馬・須田両医師の診断による原告の症状は、本件事故(石灰)と相当因果関係にあるものとはいえない(証人木戸愛子、被告湊武彦)。
したがって、原告の労働能力の喪失、即ち逸失利益は認められない。
3 慰謝料 金五〇万円(なお、原告の過失を考慮に入れた慰謝料額は、後記のとおり金三五万円である。)
本件事故による原告の受傷の内容・程度、症状、治療経過、通院期間、視力低下に対する原告側の懸念、事故後の被告側の対応その他諸般の事情を考慮すると、原告が本件事故により受けた精神的苦痛に対する慰謝料は、金五〇万円が相当である。
四 原告の過失の有無、割合と過失相殺
本件事故は、前記認定のとおり、被告野坂が本件ライン引き作業に原告ら生徒を従事させるにあたり、その指導上の過失により生じさせたものである。
しかし、被告らは、本件事故は、偶発的事故であって、原告ら生徒の自損行為であると主張するので、本件事故の発生についての原告側の過失の有無・割合について検討する。
原告は、ライン引き作業を手伝うのは今回が初めての経験であった。しかも、校庭の物置小屋内のライン引き器具及びポリバケツの双方に石灰が入っておらず、かつ、このような場合の措置について被告野坂から指示を受けていなかった。したがって、原告ら生徒としては、このような場合にどのように対応したらよいのか被告野坂に連絡して指示を受けるのが相当であった。
また、原告は、当時満一〇歳の小学校五年生であったから、薬物としての石灰の危険性に対する認識が十分でなかったものの、石灰は粉状であり眼に入ったら危険であるという程度の認識はあったと思われるので、石灰袋からポリバケツに石灰を移し替えるにあたり、石灰を顔面にかぶらないように注意をすべきであったのに、他の二人の生徒と共に漫然と石灰袋を揺すったため、石灰が勢いよく出てしまい、原告は、頭から石灰をかぶり眼の中に石灰が入るという本件事故を生じさせた。このような点において、原告にも落度があったことは否定できない。
以上、原告が本件事故の発生に寄与した程度、原告の年齢・判断能力など本件に現れた諸事情を総合して考慮すると、原告が本件事故の発生に寄与した過失割合を三割とし、原告の損害額の算定にあたり、当事者間の公平の見地から、三割の過失相殺をするのが相当である。
そして、三項の原告の損害額金五二万二三五〇円から、三割の過失相殺額を控除すると、金三六万五六四五円(内金三五万円が原告の過失を考慮に入れた慰謝料額である。)となる。
五 弁護士費用 金四万円
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、原告が被告青森市に対して本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用は、金四万円とするのが相当である。
第五 結論
よって、原告の本件請求は、被告青森市に対する請求が一部理由があるから認容し、被告青森市に対するその余の請求及び被告湊・被告野坂に対する各請求は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 小野剛)